〔連載特集〕筆の里工房周辺の整備事業 「つながる つなげる」 (その19)
都市公園と公園施設(観光交流拠点)の建設を進めています

(イメージ図)
わずか74年後には、日本の人口が今の半数に減少すると見込まれるなか、“ふるさと熊野”を子や孫に残すために、私たちには今できることがあります。
個性豊かな文化を活かした魅力的なまちづくりも、移住する場所、住み続ける場所として人々をまちに惹き付ける大切な取り組みの一つのはずです。
熊野町は筆産業とそれにより培われた文化芸術が息づくまちです。このソフトパワーを活かし、この地に住む人々がつながり、まちと文化を未来につなげるため、都市公園と観光交流拠点施設の建設を進めています。
ひとが集まり、つながり、新たな熊野の魅力を編んでゆく。
わたしたちのまち“熊野町”は、山並みや田園など、心休まる自然景観に恵まれ、町の民俗文化を代表する『筆づくり』をはじめとした多様な文化に親しみ、支え、伝える、感性豊かな人々が暮らすまちです。
人々をまちに惹き付けるには、まちの魅力(ヒト・モノ・コト)に、さらに磨きをかけ、その輝きを効果的に発信することで、『まちのブランド価値』を高めていくことが求められます。
そうした取り組みを意味する“シティプロモーション”につながる活動を紹介します。
熊野町探訪「まちの魅力の実地調査活動」 ~ 中溝遊歩 ~
~“熊野町”におけるシティプロモーションの取り組み~
KCPメンバーによる『クリエイティブなまちづくりを語り合う会』では、“資源再発見プロジェクト”と題した活動を始めています。
その一環として、令和7年11月16日(日)、旧市街地である中溝地区の魅力を探訪するまち歩き「中溝遊歩」を行いました。
旧市街地として栄えた中溝地区には、県道から少し逸れるだけで、どことなく懐かしさが感じられる路地があらわれます。かつてメインストリートとして、数多くの店舗が軒を連ねた中溝通り近辺では、歴史や文化が刻まれた地域資源に触れることができます。
今回歩いたのは、中溝地区の県道沿いにある中溝バス停からスタートし、路地を伝って、ゴールの筆の里工房に至るルートです。

中溝バス停から筆の里工房までは、路地を伝うと、宮島の桟橋から厳島神社回廊まで(約1.1km)と同じくらいの距離であるため、徒歩圏内ともいえるでしょう。
KCPでは、そんな筆の里工房と旧市街地の一帯を、町の文化芸術に触れられる魅力空間としてさらに磨きをかけ、楽しみ、学び、安全に散策できるよう、その環境づくりに取り組んでいきます。
|
KCP(クマノ・クリエイティブ・パレット)とは? 文化芸術のまちづくりに興味・関心のある人々による“ものづくりネットワーク”のことで、分野や経験、技量は問わず、さまざまな人によって、新施設内外での自主活動や施設運営への参画が期待されている。 これまでのKCPの活動については、次のQRコードを読み取ることでご覧いただけます。また、メンバーシップ募集の詳細についてもこちらからご確認ください。 |
❶ 古民家「諏訪本家」を訪ねて
中溝バス停付近の交差点から目に入る、茅葺きの面影を残すこの民家は、江戸時代前期頃の元禄年間(1688-1704年)に建築されたと伝わっており、専門家からは、建築当時の特徴的な構造が見て取れるとの評価もあります。
風格のある重厚な木造建物は、茅葺き民家が点在する町内でもひときわ目を引く存在です。

❷ まちかどギャラリーを発見
「諏訪本家」裏手の路地を進むと、地域住民がしたためた四字熟語の書作品が見えてきます。
筆の事業所が集積する地域にふさわしいこのギャラリーは、路地を行き交う子どもたちのためにと、地域の人々によって作られ、作品の展示がされています。
手作り感の伝わる、なんともほっこりとする情景に、自然とほおも緩みます。

❸ 西光寺で、静かで穏やかな時を過ごし
さらに路地を進んでいくと、かつてのメインストリート・中溝通りに面した西光寺の鐘楼と、その奥にたたずむ本堂が出迎えてくれます。
西光寺は、過去2回の火災により、伝来の古文書の多くが失われました。江戸時代に編纂された広島藩の地誌「芸藩通史」によると、慶長6年(1601年)の開基とあります。

❹ 町の重要文化財・鬼瓦(おにがわら)に触れて
西光寺をあとに、歩みを進めると見えてくるのは光教坊。境内に入ると、大きな鬼瓦が目に飛び込んできます。この鬼瓦は、かつて光教坊の本堂の屋根に据えられていたもので、高さ2.5m、幅3mを超え、威厳のある形相は周囲を圧倒します。
後の調査で、現在の広島市中区江波で、江戸時代末期から数十年間のみ焼かれていた幻の“江波瓦”と判明したことから、町の重要文化財に指定されています。

❺ 光教坊の大イチョウと会話して
光教坊の境内には鬼瓦のほかに、町の天然記念物に指定されているイチョウの木があります。『筆まつり』(昭和10年(1935年)、作詞:野口雨情、作曲:藤井清水)の唄でもうたわれている巨樹で、秋には、辺り一面を黄金色に染め上げます。
光教坊は、鎌倉時代に真言宗の寺として開基し、室町時代の永禄年間(1558年頃)に浄土真宗に改宗したと伝わっています。

❻ 鎮守の森に抱かれて…
路地の草花に目をやりつつ、鳥居を抜けると、参道の先には99段に積み上げられた石段がそびえ立ちます。その石段を、息を切らしながら登りきると、厳かな榊山神社の社殿が目の前に現れます。
拝殿の裏手にたたずむ日本最大級の規模を誇る“流造り”の本殿は必見です。
榊山神社は、平安時代中期の承平3年(933年)の鎮座と伝わっています。

“資源再発見プロジェクト”は継続していきます。
『クリエイティブなまちづくりを語り合う会』では、今回のように楽しく散策しながら、筆の里工房と中溝・出来庭地区一帯の面的な魅力づくりにつながる活動として、今後も“資源再発見プロジェクト”を継続していきます。
注: 次回は、6月下旬頃を予定しています。
連載記事をお届けします!
公園施設(観光交流拠点)がオープンするまでの間、これまでの経緯や整備事業の進み具合、予定する事業内容への町民のみなさんからのコメントなど、様々な角度からの連載記事をお届けします。
次回(その20)は、町と住民が一体的に取り組むシティプロモーション戦略の策定状況についてお知らせします。