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熊野本宮社 Kumano Hongusha

熊野本宮社(くまのほんぐうしゃ)

 

 この神社は、養和元年(1181)平家滅亡の頃、紀州熊野大権現から勧請したといわれています。
 熊野村の呼称の由来もこの神社から来ていると伝えられています。
 言い伝えでは、『寛政12年(1800)火縄を咥えた鶴が社殿に飛び込んだため、社殿は焼失してしまい、
御神霊はやむなく紀州の熊野神社に飛び去り、それ以後、中絶した形になっていたが、再び紀州より勧請が
行われた。』とあります。現在の神社は、大正3年に熊野町の平木浦次郎氏により建立されました。
 この神社が焼失した当時は、熊野には沼地も多く、鶴も飛来していました。いまも町内に残る「鶴ヶ沢」と
いう地名にその名残が残っていますが、実際に火を加えて飛んでくるとは思えず、おそらくは兵火に襲われて
焼失したことを、神様の祟りから逃れようとした人間が、鶴に責任を負わせてしたのではないかと推測されます。
 このような伝説をはらむ神社だけに、霊験あらたかで信仰も厚く、再建の時の寄進は、近隣はもとより
広島城下にまでおよびました。この神社は由緒が古いため、榊山神社と共に安芸郡でも有名な神社となっています。

熊野本宮社
 

Kumano Hongusha

 This shrine is said to have been created in 1181 by transfer of a deity from Kumano Hongu in Kishu.
It is also said to be the source of the Kumano Village name.
Although the original building was lost to fire, it is said that the deity transfer
from Kishu was performed again.
 

熊野本宮社  Kumano Hongushaの地図

熊野本宮社  Kumano Hongusha

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