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くまの/世界 ~世界を舞台に活動する熊野町の人々~

くまの/世界

 世界を舞台に活動する熊野町の人たちにお話を伺いました。今回は、フランスでの熊野筆の展示、インドネシアでの青年海外協力隊活動について、皆さんの貴重な体験の一部を綴っております。ご覧ください。

 

 /熊野筆、ルーブル美術館で特別展示 筆の写真 
    ~フランス~

ルーブル美術館の写真

新しい筆の誕生
 
「熊野筆」といえば、毛筆、画筆、化粧筆など全国生産の8割を占め、いずれも日本を代表する筆となっています。しかし、広く一般に普及している安価な筆について中国筆との競合や、昨今の経済情勢などから一段と厳しい状況を迎えています。こうした現状を打破すべく、商工会筆部会所属の筆業者が、新たな分野の開拓に乗り出しました。

伝統技術の集結
 目を付けたのが、欧州等でやりとりされるグリーティングカード(あいさつ状)。心のこもった手書きのカードを熊野筆で書いてもらおうという発想から、ペン感覚で横書き文字の書きやすい筆の開発が始まりました。町内の筆業者数社が共同で知恵と技を出し合い、試行錯誤のうえ生み出されたのが、「JAPANブランドFU‐DE」です。
 この筆の製作は、中小企業庁の「JAPANブランド育成支援事業」の一環であり、商工会から国への申請が認められたものです。

フランスのアーティストの試し書きの様子フランスで高い評価
 この筆の特徴は、毛筆であるにもかかわらず、普通にペンを持つ感覚で扱っても、穂先が短く曲線に対応できるように作ってあるため、初心者から上級者まで幅広く絵てがみ等を楽しむことができます。
 ルーブル美術館での展示会出展が現実のものとなった発端は、昨年9月の市場調査のこと。フランスのアーティストたちに試筆をしてもらい、そこでの高い評価がルーブル美術館(サロン・ナショナル・ボザール展)特別展示(昨年12月16~20日)に結びつきました。
当日は今回の新しい筆のほか、その他の筆も合わせて展示されました。実際に使ってもらうとその反応も良く、確かな手ごたえを感じたそうです。初日の夕方には、平林 駐フランス国大使を始め各国の大使が集まる公式の会合において、熊野筆の紹介もありました。
 同じくパリで行われたメゾン&オブジェ(見本市)での出展(1月28日~2月1日)も盛況のうちに終わったそうです。

世界からのありがとう
 これから絵てがみ用筆として、国内・海外で広く普及・浸透していくことと共に、従来の筆についても、「熊野筆」というブランドが高まることで、今後の発展が期待されます。
 さらには、筆の里工房で毎年行われている「ありがとうの絵てがみ展」が世界中から応募され、「世界のありがとうが集まる町くまの」となれば、すてきなことではないでしょうか。

 

/青年海外協力隊での2年 ~インドネシア~

バリ島での活動ばんきまさゆきさんのしゃしん
 伴木正幸さん(萩原)は、平成14年12月に、自動車整備を教える職業訓練校のインストラクターとしてバリ島へ派遣されました。(平成15年広報くまの1月号に掲載)。このたび2年の派遣を終え熊野町へ帰ってこられました。バリ島では、18歳から60歳ぐらいまでの約700人の人たちに教えました。この中で整備士としてやっていけると確信したのは、たった2人だけだったそうです。それには、日本人との仕事に対する考え方に違いがあるようです。

仕事と生活
 日本人が「仕事」というものを生活の中に組み込み、その中において最も重視する(生活=仕事と言えるかもしれない)のと違って、バリ島の人たちは生活のために生き、そのあとに「仕事」という位置づけをしているようです。職業訓練校に入った人の中には、自分が車を所有することになった(その多くの人はほとんど車を持っていない)とき、その車が壊れて修理に出した際に、自分が無知であるがために修理費を必要以上に請求されるかもしれない、といった思いをしたくないのでやってきた人もいたそうです。
 日本を離れてみて感じたことが、日本人は特殊な人種であり、働くということに関してはロボットという表現がまさに当てはまるとのことでした。

地域と家族
 バリ島で痛切に感じたことは、「家族のつながり」のみならず、「地域のつながり」がとても色濃いことだそうです。隣の家の赤ちゃんを隣の子どもが面倒を見ている。まさに地域が家族同然で暮らしています。このことは裏返せば、行政サービスが悪いことにも起因し、隣人同士が助け合って生きていかなければならない現実も意味しています。

太陽が昇る絵若者たちへ
 「この青年海外協力隊に参加したことで、視野が大きく広がりました。これから未来ある若者たちは、何事も目的意識を持って取り組んで欲しい。何も考えず遊んで毎日を過ごすことは楽しいかもしれないが、振り返ったときに後には何も残らない。目的を持って取り組めば必ず何かが積み重なってきます。」
という言葉を残し、伴木さんは再びインドネシアの地へと旅立って行かれました。
今度は青年海外協力隊ではなく、向こうで暮らすために。
地域のあたたかさと、人間らしさを求めて。


このページに関するお問い合わせ

熊野町総務部 地域振興課
TEL/082-820-5602   FAX/082-854-8009
E-mail/kanko@town.kumano.hiroshima.jp